発言集団「きづな」

10/24/2014

天皇と政治(再続) 「発言集団」代表・中島英迪

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 占領時代に米国から憲法を押しつけられた時、国会に関しては「一院制」が原案であつた。ところが当時の帝国議会での審議で「二院制」に改められた。帝国憲法下では「衆議院」と「貴族院」の二院制であつたから、「一院制」のイメージが掴めなかつたのである。しかし貴族といふ身分は廃止されたから、それに代わつて「参議院」が発足することになつた。
 本来は「貴族院」と同様、政党とは無縁の良識の府として、大所高所から「衆議院」をチェックしようとの趣旨であつた。だが、その理想は果敢なく消えて、「第二衆議院」と化し、「ねぢれ現象」なども生じて国費と時間のムダ使ひに終わつてゐる。
 それもその筈で、「参議院」議員も国民の選挙で選ぶのだから、勅選であつた「貴族院」のやうな機能を果せないのも当然のことであらう。

 そこで「君民共治」の政治制度では、「貴族院」・「参議院」に代るものとして勅選の「顧問院」を設置して、そこに天皇親政を導入することにすればよい。その制度内容の一案を示せば、顧問院議院の資格としては、60歳以上の学識経験者として、政党や政治活動に無縁な者とする。この条件で国政の各分野にわたり専門家を三百人任命し、任期は十年で再任を妨げずとする。
 この顧問院の役割は、三権である司法・立法・行政の決定に対して、審議の結果、疑義がある場合は、それを裁可せず、再考・再審議を勧告することである。その際、顧問院長は不裁可の理由を公表する。三権は再考・再審議を行ひ、同じ結果となれば、その通り成立させるものとし、顧問院の再勧告は不可とする。
 国民はこのやりとりを見て、内閣・国会・最高裁判所に対して、その是非を選挙や世論の形で意思表示を行へばよい。

 さて天皇がどういふ形で政治に関与するのかと言へば、顧問院を天皇直属の機関とし、顧問院長は院の決定に先立つて天皇のご意向を伺ひ、その上で決定の発表を行なふことにする。しかもその決定についての全責任は顧問院長が負ふ形を取る。

 このことにより、(1)天皇の独裁とはならない。なぜなら政治は立法の衆議院と行政の内閣が中心となるから、責任はそちらにある。天皇は顧問院の決議を通して消極的な不裁可といふ拒否権を行使するのみであり、三権はその不裁可権をも覆へすことができるから、民主政治の遂行が妨げられることはない。
 そして公平無私の立場から出された顧問院の不裁可の是非を判断した上で、国民は次の選挙で三権の再決定に対して意思表示をすることができる。
 次にこの制度により、(2)天皇の政治への関与が可能になる。たゞ天皇は政治の全分野に精通してゐる必要はない。顧問院議員を参謀あるいはブレーンとして、意見を聴取し集約すればよい。
 また、(3)政治が失敗しても天皇が責任を取る必要はなく、責任はあくまで三権の長が担ふことになる。
 たしかに、(4)天皇の利用•悪用の問題は残るが、仮に顧問院の院長が政治を私欲で牛耳らうとしても、司法•立法•行政の側はこれを無視すればよいから、その影響を受けることはあり得ない。また、独裁的な権力者が首相となり、顧問院を支配下に従属させようとの野望を持つたとしても、天皇にはそれを阻む権威があり、政治や議会の権力がこれを凌駕することは不可能である。
 つまり、内閣や国会が天皇を政治利用することは完全に阻止することができる。そのやうな目論見があれば顧問院は不裁可にするだらうからである。それでも三権の側が再度同じ決定をすれば、国民からの激しい批判を受けることになる。
 最後に、勅選の顧問院議院の選び方であるが、最初は政府が学識経験者数十名程度から成る諮問委員会を作り、そこで三百名の議院を決定すればよい。そして発足以後は、任期が来たり欠員が生じれば顧問院内部で補充するのである。無論、いづれも天皇から任命されるべきことは言ふまでもない。

 なほ、この制度は、わが国、憲政史上初めてとなる新しい形であり、復古的な旧い政治に戻るものではない。また、天皇絶対主義の狂信などとは全く無縁である。世界でも初めての、魅力ある君民共治の政治形態となるであらう。
(「きづな」平成25年12月号より)

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